
日野原 重明(ひのはら しげあき、1911年(明治44年)10月4日 - )は日本の医師。
医学博士(京都帝国大学)。聖路加国際病院理事長。同名誉院長。
その他の栄誉に名誉博士(人文科学)(トマス・ジェファーソン大学)、名誉博士(マックマスター大学)。東京都名誉都民。東京都中央区名誉区民。
文化功労者、文化勲章、東京都文化賞、日本医師会最高優功賞、日米医学科化学者賞(フィラデルフィア医師会、日本キリスト教文化協会日米キリスト教文化功労者。勲等は勲二等瑞宝章。
山口県山口市生まれの神戸育ち。諏訪山小学校、神戸一中、関西学院中学部、京都の第三高等学校を経て京都帝国大学医学部に入学。
在学中に結核にかかり、当時実家の有った広島市で約一年間闘病生活を送る。
1937年に京都帝国大学を卒業。
1941年に聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長を歴任する。
2001年12月に出版した著書『生きかた上手』は120万部以上を売り上げ、日本最高齢のミリオンセラー作家となった。高齢者の希望の星的存在となっている。2005年、文化勲章を授与される。2007年現在は同病院名誉院長であり、数多くの著書でも知られている。
また、日本ユニセフ協会の大使に任命される。
牧師であった父親が戦中院長を務めた広島女学院で2008年4月から客員教授も務める。
日野原が執筆に携わった絵本「葉っぱのフレディーいのちの旅ー」は後にミュージカル作品となっている。
97歳を超えてなお、スケジュールは2、3年先まで一杯という多忙な日々を送る。
わずかな移動時間も原稿執筆に使い、日々の睡眠時間は4時間半、週に1度は徹夜をするという生活だったが、96歳にして徹夜をやめ、睡眠を5時間に増やしたという(Be2008年1月5日)。
マスコミのインタビューで病院ではエレベーターを使わないと答えてしまったので、
どんなに疲れていても、公衆の面前では、エレベーターを使えなくなってしまった。
100歳近いのに、現役の医師。
ちなみに、聖路加国際病院は大量被災者発生に対応している建物なのもこの人のアイディアで、地下鉄サリン事件のときに遺憾なく発揮されたそう。




