そのようなエネルギー概念の有効性は、単に物理的対象についてだけでなく人間そのものについても妥当します。
こうして、ある意味では、ライプニッツの夢見た「オートマトン」(自動機械)が、人間をエネルギー源として取り込むことによって実現するにいたったともいえます。
その点を少し振り返っておきましょう。
実際ウィーナーは「コミュニケーションは社会という構成体を結びつけるセメント」という言い方をしています。
それは当然としても、ウィーナーが強調するのはむしろ「制御」の側面であり、機械や社会を制御する手段としてのメッセージまた情報という観点です。
制御・・・。
それはバーナードの組織分類からいえば定形組織について妥当します。
そのことは
「制御と通信においては、われわれはつねに、組織性を低下させ意味を破壊する・・・エントロピーの増大と呼ばれる・・・自然界の傾向と闘っているのである」
・・・というウィーナー自身の言葉にも、端的に示されています。
しかし定形組織の範囲内においてではあれ組織の維持・制御に占める情報の意義を理解することは、無定形組織ないし、もはやいかなる意味でも「組織」とは呼びえない動員系の存立について考察する上でも必要な一視点です。
ウィーナーの議論は、そのようなウィーナーの関心外の領域と方面へも適用拡充しうる実質をもっています。